残りの人生はやりたいことをやる

囚われているものを手放すとき

私はずっと、こうあるべきだということに囚われてきたように思います。

例えば、創造本然の人間にならなくてはいけないとか、真の愛に満ちた人にならなくてはいけないとかを心に願ってきました。

もちろん、創造理想を掲げてそれに向かって努力することは立派なことだし、良心の願いにそって歩みことは意義あることに違いないはずです。

ただ問題は心から自分自身が喜んでいるかどうかなのです。もっと言うならば、私の中の神様が喜んでいるのかということです。

正直、今の家庭連合や家庭平和協会、サンクチュアリ教会、その他の分派に対して、そこにおいて一緒に何かをやっても、私自身は心からの喜びは見出せそうもありません。

それはなぜなのか?と自問してみます。

すると、答えが返ってきます。

自らを創造していくというプロセス過程がないからです。

顕進様のにしても、それは顕進様がなさりたいことであって、私自身は別の事で神様を証ししたいと思うのです。サンクチュアリの活動も同じです。亨進様がなさりたいことであって、私には銃は必要ないのです。

つまり、みんながそれぞれに規模は違っても氏族メシア活動をすればよいと思うのです。

は顕様の氏族メシア活動だし、サンクチュアリは亨進様、国進様の氏族メシア活動なのだということです。

独生女論もお母様ご自身の氏族メシア活動のためにご自分のお考えを述べたのだと思えば、どうぞがんばってくださいとエールを送れるというものです。

主人意識を持ってみ旨はやるべきでしょう?

主体的、主人意識という点では顕進様も亨進様も理解されていることと思います。家庭連合に比べて、かなり個の祝福家庭、シック個人の自由度はあると思います。

ただ、顕進様、あるいは亨進様、あるいはお母様にしても、ご自身を指しながら自分と一体とならなければ、祝福家庭に未来はないというようなことはおっしゃらないほうがよいかと思います。

み旨とは自分で切り開いて開拓していかないかぎり、誰に従おうが未来はないと思うからです

摂理としては、お三人が一体化できていないのが問題なのです。根本的にはお父様とお母様が一体化できなかったことが大問題なのですが。汗2

祝福家庭がバラバラにそれぞれに自分たちが良いと思う方に付き従っていくのは、現状いたしかたがないことなのです。

当然、誰にも従わないというよりも顕進様のおっしゃる主人意識をもってということですがという選択肢があっても良いはずでしょう。

私の中の囚われ三大要因を解放いたしました

今まで、私は以下の悩みに囚われていました。

1、なぜ、お父様とお母様は仲が悪いのだろう。

2、なぜ、お母様とご子女様顕進様、亨進様は仲が悪いのだろう。

3、なぜ、顕進様と亨進様は仲が悪いのだろう。

本日からこうした囚われから、私の心を解放させていただきます。笑

自分の服や靴でもない借り物に、サイズがあわないと文句を言ってもしかたがないように考えを変えました。笑

要は自前の服や靴を準備すればいいだけのことのような気がしています。

ということで、これからの残りの人生は、私の中の神様と相談しながら、やりたいことをやっていこうと思います。笑

人生の再構築は、パワーある言葉でプログラミングしましょう

これからは、真の父母になろうという言葉を私のブログに訪問してくださった方たちと共有していきたいと思います。この言葉が私と皆様の信念になり、喜びになっていきますように願っています。

真の父母になろう

この言葉を口にすることで、すべてが開放され、自分の不平、不満がなくなります。足りないところはこれから補っていけばよいのです。自分以外の相手に不満を言う必要はなくなりました。

むしろ、自分の言葉に責任が持てる喜びが自分の内側から生まれてきます。

残りの人生のプログラミングは、このパワーある言葉で書き換えて出発していきたいものですね。

そして、これからは楽しく、おもしろい、成功に満ちた、神様に愛され、神様を愛すべき人生を送っていくようにしたいものです。

真の父母は、お父様、お母様の専売特許ではないでしょう。それに、顕進様夫妻、亨進様夫妻が独占すべきものでもありませんね。

もちろん、ご子女様ご夫妻が先頭に立って、これからも良き模範を示してくださることには感謝いたします。

ただ御子女様ご夫妻も真の父母の一面を示されるのであって、各祝福家庭にはそれぞれにまた違った神様の良き備えや輝きがあるように思います。そうした側面をこれから皆様とともに競い合っていけたらよいのではないでしょうか。

人類みんなが真の父母になるなら、お互いに非難しあったり、憎しみ、裁き合う必要はなくなりますね。

追伸

もちろん、これは私の創作活動であって、皆様には別のことが好きだ、他のことをやりたいという主張も大いにありです。笑

ジャズが好きなら、ショパンはいらないということもあるからです。

ただ、誰にでも自分が好きな音楽はあってもよいものです。

パンクロックのような音楽でも?

それはそれで神様にとって大いに刺激的なことにはちがいないからです。笑